【No355】被用者保険の適用拡大及び いわゆる「年収の壁」への対応について
令和6年12月26日の社会保障審議会(医療保険部会)において、被用者保険の適用拡大及びいわゆる「年収の壁」への対応について議論が行われました。医療機関等における現在の社会保険の適用範囲については医業経営FPNewsNo.329、医業経営FPNewsNo.344をご確認ください。社会保険の適用拡大は医療機関の経営に大きな影響を与える内容です。そこで今回の医業経営FPNewsでは、被用者保険の適用拡大及びいわゆる「年収の壁」への対応に向けて議論された内容についてご案内します。
1.短時間労働者への適用拡大
(1)企業規模要件
短時間労働者への社会保険の適用拡大は、以前から段階的に進められてきました。医療機関等の負担を考慮し、激変を緩和するため、平成24年の改正により対象事業所の企業規模要件が設けられました。適用拡大の開始当初は従業員数500人超の医療機関等が対象でしたが、令和6年10月からは50人超の医療機関等にまで拡大されています。
こうした経緯も踏まえて、経過措置として設けられた企業規模要件については、労働者の勤め先や働き方、医療機関等の雇い方に中立的な制度を構築する観点から、今回の議論では撤廃する方向で意見がまとまりました。
(2)賃金要件
月額賃金8.8万円以上とする賃金要件については、就業調整の基準(いわゆる「106万円の壁」)として意識されていること、最低賃金の引上げに伴い週所定労働時間20時間以上であれば賃金要件を満たすケースが増加していることなどを踏まえ、撤廃する方向で意見がまとまりました。ただし、最低賃金を撤廃するに至った場合は最低賃金の動向により、全国47都道府県で8.8万円の賃金要件が実質的な意味を持たなくなる時期を踏まえて廃止すべきという意見が挙がりました。
(3)労働時間要件
週所定労働時間20時間以上とする労働時間要件については、雇用保険の適用拡大の施行状況等も慎重に見極めながら検討を行う必要がある等の意見があり、今回は見直さないこととなりました。
(4)学生除外要件
学生除外要件については、就業年数の限られる学生を被用者保険の適用対象とする意義は大きくない、適用対象とする場合には実務が煩雑になる等の意見があったことから、今回は見直さないこととなりました。
厚生労働省「被用者保険の適用拡大及びいわゆる「年収の壁」への対応の内容について」P.1参照
厚生労働省「被用者保険の適用拡大及びいわゆる「年収の壁」への対応の内容について」P.7~8画像引用
2.適用事業所の拡大
本来的には適用拡大の範囲に含めるべきとの意見があった一方で、適用拡大により発生する事務負担・コスト増が経営に与える影響が大きいこと、対象事業所が非常に多く、その把握が難しいと想定されること、国民健康保険制度への影響が特に大きいこと等から、慎重な検討が必要との意見もあったため、今回は見直さないこととなりました。
厚生労働省「被用者保険の適用拡大及びいわゆる「年収の壁」への対応の内容について」P.2参照
厚生労働省「被用者保険の適用拡大及びいわゆる「年収の壁」への対応の内容について」P.9画像引用
3.事業所への配慮等
施行時期については、初めて被用者保険の適用事業所となる個人事業所等では影響が大きいと考えられることから、企業規模要件の撤廃を優先して施行すべきであるという意見が上がりました。その際、現在50人超の企業規模要件を直ちに撤廃するのではなく、小規模企業者の基準である20人規模で区切るなど段階的に拡大すべきとの意見も上がっています。
厚生労働省「被用者保険の適用拡大及びいわゆる「年収の壁」への対応の内容について」P.3参照
4.年収の壁(106万円の壁)への制度的対応
現在、被用者保険の適用に伴う保険料負担の発生・手取り収入の減少を回避するために就業調整を行う層に対して、事業主と従業員との合意に基づき、事業主が被保険者の保険料負担を軽減し、事業主負担の割合を増加させることを認める特例を時限的に設けることについて議論されています。
この特例の導入案に対し、いわゆる「年収の壁」を意識した就業調整による人手不足への対応として、就業調整の可能性の高い収入層に限った特例措置として考えられるなどの賛成意見が挙がりました。
一方で、国が全国で統一の制度として実施している公的年金制度について、労使折半ルールの原則を変更し、個別に保険料の設定を委ねることへの強い違和感など、反対意見も多くありました。
その結果、賛成意見が多かったものの、制度の細部までは意見が一致せず、仮に導入する場合の医療機関等への負担軽減策などを含めた具体的な制度案について、検討を深める必要があるという結論に至りました。
厚生労働省「被用者保険の適用拡大及びいわゆる「年収の壁」への対応の内容について」P.5参照
5.おわりに
今回ご案内した内容については現状、検討段階の状態ですので、決定しましたら改めて医業経営FPNewsで取り上げます。今後被用者保険の適用が拡大することになる場合は、医療機関等の保険料負担並びに事務負担が大きくなりますので、今後の議論の進展について注目する必要があると考えられます。
(文責:税理士法人FP総合研究所)