【No329】働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方について

 厚生労働省は令和6年7月3日に社会保障審議会医療保険部会を開催し、「第9回働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」に関する議論の取りまとめが行われました。適用範囲の見直しは、医療機関等においてもスタッフの社会保険加入に関わる項目となるため、今回の医業経営FPNewsではこの内容を一部抜粋してご紹介します。

1.短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大の概要

・令和6年10月からの改正点

令和6年10月からはさらに厚生年金保険の被保険者数が51人以上の企業等で働く短時間労働者の社会保険加入が義務化されます。1週間の所定労働時間または1月の所定労働日数が通常の労働者の4分の3未満である方のうち次の要件に該当する方です。

①週の所定労働時間が20時間以上

②月額賃金が8.8万円以上(年収換算で約106万円以上)

③2か月を超える雇用見込みがある

④学生以外

日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」より引用

2.短時間労働者に対する被用者保険の適用範囲の在り方について

令和6年7月3日に行われた社会保障審議会医療保険部会では、短時間労働者に対する適用範囲について以下のような議論が社会保障審議会でなされています。

(1)企業規模要件

経過措置として設けられた企業規模要件については、他の要件に優先して、撤廃の方向で検討を進めるべきである。併せて、事業所における事務負担や経営への影響、保険者の財政や運営への影響等に留意し、必要な配慮措置や支援策(※)の在り方について検討を行うことが必要である。

※具体的には、段階的な適用の要否を検討することも含めた準備期間の十分な確保、専門家による事務支援、適正な価格転嫁に向けた支援が必要との指摘のほか、現在の支援策の実施状況を踏まえつつ、生産性向上等で活用可能かつ申請が簡便な助成金を検討すべきとの指摘など、様々な意見があった。

(2)労働時間要件

労働時間要件の引下げについては、雇用保険の適用拡大等を踏まえ検討が必要との見方がある一方、これまでの被用者保険の適用拡大においても指摘されてきた保険料や事務負担の増加という課題は、対象者が広がることでより大きな影響を与えることとなる。また、雇用保険とは異なり、国民健康保険・国民年金というセーフティネットが存在する国民皆保険・皆年金の下では、事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険の「被用者」の範囲をどのように線引きするべきか議論を深めることが肝要であり、こうした点に留意しつつ、雇用保険の適用拡大の施行状況等も慎重に見極めながら検討を行う必要がある。

(3)賃金要件

賃金要件の引下げについては、これまで対象としていなかった働き方をする労働者に適用範囲を広げるという点で、労働時間要件の引下げの検討で指摘された論点と同様の側面がある。同時に、本要件特有の論点として、年収換算で約106万円相当という額が就業調整の基準として意識されている一方、最低賃金の引上げに伴い労働時間要件を満たせば賃金要件を満たす場合が増えてきていることから、こうした点も踏まえて検討を行う必要がある。

(4)学生除外要件

就業年数の限られる学生を被用者保険の適用対象とする意義は大きくないこと、実態としては税制を意識しており適用対象となる者が多くないと考えられること、適用となる場合は実務が煩雑になる可能性があること等の観点から、学生除外要件については現状維持が望ましいとの意見が多く、見直しの必要性は低いと考えられる。

厚生労働省「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」P4により引用

3.個人事業所に係る被用者保険の適用範囲の在り方

個人事業所については常時5人未満の使用者しかいない、又は法定17業種に該当しない個人の事業所については、社会保険の適用が任意となっています。個人の診療所はこの法定17業種に該当し、常勤が5名以上の場合には社会保険の適用は強制となります。懇談会ではこの個人事業所に係る被用者保険の適用範囲についても以下のような議論が行われています。

(1)個人事業所に係る適用範囲

常時5人以上を使用する個人事業所における非適用業種については、5人未満の個人事業所への適用の是非の検討に優先して、解消の方向で検討を進めるべきである。併せて、見直しを行った場合に対象となる事業所は新たに被用者保険の適用事業所となる小規模事業者が大半であることも踏まえ、事務負担や経営への影響、保険者の財政や運営への影響等に留意し、必要な配慮措置や支援策の在り方について検討を行うことが必要である。

(2)複数の事業所で勤務する者 

複数の事業所で勤務する者について、労働時間等を合算する是非は、マイナンバーの活用状況や雇用保険の施行状況(※)等を参考に、実務における実行可能性等を見極めつつ、慎重に検討する必要がある。その上で、まずは現行の事務手続を合理化し、事務負担軽減が図られるよう、具体的な検討を進めるべきである。

※複数の事業所で勤務する者が、各事業所でそれぞれ適用要件を満たす場合、被用者保険では、全事業所において適用となるが、雇用保険では、主たる1事業所でのみ適用となる。雇用保険では、65歳以上に限り本人の申し出により2つの事業所の労働時間を合算した適用を試行中である。参考にする際には、制度設計の違いに留意する必要がある。

(3)フリーランス等

フリーランス等の働き方や当事者のニーズは様々であるが、現行の労働基準法上の労働者については、被用者保険の適用要件(雇用期間や労働時間等)を満たせば適用となることから、適用が確実なものとなるよう、労働行政との連携を強化しており、その運用に着実に取り組んでいくべきである。

その上で、労働基準関係法制研究会において、労働基準法上の労働者について国際的な動向を踏まえて検討がなされており、まずは、労働法制における議論を注視する必要がある。また、従来の自営業者に近い、自律した働き方を行っているケースについては、被用者保険が事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みであること、医療保険制度や年金制度においては、労働保険と異なり、国民健康保険・国民年金というセーフティネットが存在することを踏まえ、諸外国の動向等を注視しつつ、中長期的な課題として引き続き検討としていく必要がある。

厚生労働省「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」P5から引用

4.さいごに

今回の懇談会では、具体的な時期は示されなかったものの、将来的に社会保険の被保険者数が50人以下の企業にまで社会保険の適用範囲が拡大することも議論されました。医療機関等においては、社会保険へ加入する従業員が増えることは、社会保険料の事業主負担が増加する内容となりますので、今後の動向について情報が分かり次第お伝えいたします。

(文責:税理士法人FP総合研究所)