【No933】令和6年以降の(金融資産)生前贈与による具体的対策の検討

 令和5年度税制改正により、令和6年分以降の贈与について生前贈与加算及び相続時精算課税制度の見直しが行われます。(令和5年度税制改正の詳細は資産税FPNewsのvol.886を参照下さい。)

 今回は、改正の影響を受けて、令和6年分以降の生前贈与による相続対策の方法について具体的に検討したいと思います。

1.「暦年課税」の改正内容と活用時の注意点 

 令和6年1月1日以後において暦年課税による贈与を行っている場合は、生前贈与加算の対象期間が相続開始前7年間に順次、伸長されることになります。(下表を参照)しかし、生前贈与加算の対象となるのは、「相続又は遺贈により財産を取得した者」とされる点について見直しは予定されていないため、贈与相手の工夫により、今後も暦年課税による贈与は相続対策において有効に活用することが可能です。

加算対象となる贈与は7年間に拡大

(1)生前贈与加算の対象は、相続又は遺贈により財産を取得した者に限定されています。

 遺言書等で指定がない限り、相続財産(みなし相続財産(注)を含みます。以下同じ)を取得しない、孫や子の配偶者などに対する暦年贈与は生前贈与加算の対象とはなりません。

(注)みなし相続財産には要注意!

 相続又は遺贈により財産を取得した者には、みなし相続財産を取得した者も含まれます。

みなし相続財産とは、法律的には本来の相続財産ではないものの実質的には同様の経済的効果を持つため、課税の公平を図る見地から相続又は遺贈により取得したものとみなして相続税の課税対象とされているものです。代表的なみなし相続財産として、生命保険金等や退職手当金などがあります。

 暦年課税による贈与を行っている孫を生命保険金の受取人としている場合などは、生前贈与加算の対象となり7年分の贈与が相続税の課税価格に加算されることとなるため、受取人の見直しをしておく必要があると思われます。

(2)相続又は遺贈により財産を取得する予定である子等に対する贈与は、相続開始前7年間加算

 相続又は遺贈により財産を取得する予定である子等に対する暦年贈与は、相続税の課税価格への加算対象期間が相続開始前7年間に及ぶため、相続開始の想定時期まで長期間(少なくとも7年超)なければ相続対策の効果は見込めません

 (注)生前贈与加算の対象となる7年間の贈与のうち、相続開始前4年超7年以内の贈与財産については、その贈与財産の価額の合計額から100万円までが加算額から控除されます。

 ただし、この軽減効果は限定的であるため、以下では考慮していません。

(3)受贈者を増やして短期間での贈与の実行を検討

 1人に対する暦年贈与でも相続対策の効果は期待できますが、相続発生までに時間的な猶予がないと想定される場合には、受贈者の数を増やすことで1年間の贈与総額を増やすことができ、短期間で効果を得ることができます。

(4)暦年贈与の基礎控除額(年間110万円)を超える贈与も検討

 受贈者1人あたり年間110万円(暦年贈与の基礎控除額)以下の贈与であれば贈与税の負担が生じませんが、早期に対策の効果を得るためには、年間110万円を超得る金額の贈与であっても、「贈与税の負担率>相続税の限界税率」での贈与であれば、効果的な相続対策となります。

2.「相続時精算課税」の主な改正内容と活用時の注意点

 相続時精算課税とは、原則として贈与があった年の1月1日において60歳以上の父母又は祖父母から、同日において18歳以上の子又は孫に対し、財産を贈与した場合において選択できる贈与税の計算方法です。

 相続時精算課税制度における贈与税は、その選択した年以後、その年の1月1日から12月31日までの1年間にその特定贈与者から贈与を受けた財産の合計額(令和6年以降:基礎控除110万円を控除した残額)から特別控除額(限度額:2,500万円。ただし、前年以前において既に差し引いた金額がある場合は、残額が限度額)を差し引いた後の金額に一律20%の税率を乗じて税額を計算します。

{ 贈与財産の価額 - 基礎控除110万円(令和6年以降) - 特別控除額(最大2,500万円) }× 20%

(1)一度、相続時精算課税制度を選択すると暦年贈与には戻れません

 相続時精算課税制度を選択すると、その選択に係る贈与者から贈与を受ける財産については、その選択をした年分以降すべてこの制度が適用され暦年贈与に戻ることはできません。この制度の選択には十分な注意を払う必要があります。

(2)基礎控除(年間110万円)の創設

 相続時精算課税制度の特徴は、贈与と相続を一体として考えるところにあり、被相続人(特定贈与者)から相続時精算課税制度による贈与により財産を取得した者については、相続時精算課税適用財産の価額を相続税の課税価格に加算し、その相続時精算課税適用財産につき課された贈与税額は、相続税額から控除されます。なお、控除しきれなかった金額がある場合において、その控除しきれなかった金額に相当する税額が還付されます。

 令和5年度税制改正により、令和6年以降の贈与について「相続時精算課税制度」に基礎控除額(年間110万円)が創設されました。また、この基礎控除額については相続税の課税価格に加算されません。

 贈与財産の価値が不変で収益を生まないものと仮定すれば、従前の相続時精算課税制度では相続税の軽減効果はありませんでしたが、この基礎控除額の創設により年間110万円までの相続税の課税価格の圧縮効果が生じることになります。

(3)相続時精算課税制度での年間110万円(基礎控除)の贈与の使いどころ

 多少は使い勝手のよくなった相続時精算課税制度ですが、暦年贈与と比較すると次のようなデメリットがあります。

 ・110万円を超える贈与については、110万円を超過する部分について相続税の負担が軽減されません。

 (注)年間110万円の基礎控除額は受贈者1人あたりの金額であり、同一年中に2人以上の特定贈与者からの贈与を受けた場合には、基礎控除額110万円を特定贈与者ごとの贈与税の課税価格であん分します。

 ・贈与者と受贈者の年齢制限があり、一定の親族関係にしか適用できない。

 ・一度、相続時精算課税制度を選択すると、その贈与者からの贈与について暦年贈与に戻ることはできない。

⇒ 上記のデメリットを考慮すると、相続時精算課税制度を活用した効果的な贈与は次のようなケースに絞られます。

 ※ 相続開始前7年以内と想定される期間については、相続時精算課税制度を適用し毎年110万円までを贈与

 (110万円迄 × 年数分 の財産圧縮、基礎控除以下の贈与については贈与税の申告書の提出不要)

 ※ 相続までの猶予が長期である場合には、相続開始前7年と想定される時期の前までは、暦年贈与を活用

 ※ 例えば、父母の相続対策が必要な場合で、父の相続開始時期の想定が5年、母は15年であれば

  父からの子への贈与については相続時精算課税により年間110万円(基礎控除額)の贈与を行い、

  母から子への贈与については当面は暦年贈与による贈与(相続税の限界税率に応じた贈与額)を行う。

 (注)暦年贈与と相続時精算課税制度は、贈与者と受贈者の組み合わせごとに選択することができるため、贈与者が異なれば、1人の受贈者が両方の制度の基礎控除額(各々110万円)を活用し、年間220万円までの贈与税を非課税とすることもできます。

3.具体的試算(財産5億円、法定相続人は子2人) 

 具体的な効果を検証するため、下記を前提に相続税試算及び贈与税試算を行います。

 ※ 相続税の課税価格は5億円

 ※ 法定相続人は実子2人(配偶者は以前死亡)であり、いずれも相続により財産取得予定

 ※ 実子以外の贈与検討対象者として、実子の配偶者2人と孫4人がいる(相続又は遺贈による財産取得予定なし)

(1)生前贈与による相続対策を行なわなかった場合 ~ 相続税額152,100,000円(計算過程省略)

(2)相続開始前での猶予が5年間と想定される場合

  ① 実子2人に、相続時精算課税制度により1人あたり年110万円を5年間贈与を行う

   ・贈与税の負担:0円

  ② 孫4人に、1人あたり年間500万円を5年間【暦年贈与】を行う

   ・贈与税の負担:485,000円 × 4人 × 5年間 = 9,700,000円

    (注)受贈者が18歳以上の直系卑属に該当する場合、特例税率が適用されます。

  ③ 子の配偶者2人に、1人あたり年間500万円を5年間【暦年贈与】を行う

   ・贈与税の負担: 530,000円 × 2人 × 5年間 = 5,300,000円

  ⇒ 上記の生前贈与対策の結果

   A、贈与税の負担額:9,700,000円 + 5,300,000円 = 15,000,000円

   B、相続税の負担額:課税価格3億3,900万円に対する相続税 84,800,000円

    (注) 相続税の課税価格:5億円 - 贈与額1億6,100万円 = 3億3,900万円

    (注) 子に対しては相続時精算課税の基礎控除以下の贈与のため、相続税の課税価格への加算なし

    (注) 孫、子の配偶者は、相続又は遺贈により財産を取得しないため、生前贈与加算の対象とならない

   上記 A + B = 99,800,000円(生前贈与対策により52,300,000円の税負担の軽減

(3)相続開始前での猶予が10年間と想定される場合

  ① 実子2人に、対策開始当初3年間(相続開始前7年超の期間)は、1人あたり年間500万円の【暦年贈与】を行い、その後の期間(相続開始前7年以内の期間)は、相続時精算課税制度により1人あたり年110万円の贈与を行う

   ・贈与税の負担:485,000円 × 2人 × 3年間 = 2,910,000円

    (注)受贈者が18歳以上の直系卑属に該当する場合、特例税率が適用されます。

  ② 孫4人に、1人あたり年間500万円を10年間【暦年贈与】を行う

   ・贈与税の負担:485,000円 × 4人 × 10年間 = 19,400,000円

    (注)受贈者が18歳以上の直系卑属に該当する場合、特例税率が適用されます。

  ③ 子の配偶者2人に、1人あたり年間500万円を10年間【暦年贈与】を行う

   ・贈与税の負担: 530,000円 × 2人 ×10年間 = 10,600,000円

  ⇒ 上記の生前贈与対策の結果

   A、贈与税の負担額:2,910,000円 + 19,400,000円 + 10,600,000円 = 32,910,000円

   B、相続税の負担額:課税価格1億5,460万円に対する相続税 19,780,000円

    (注) 相続税の課税価格:5億円 - 贈与額3億4,540万円 = 1億5,460万円

    (注) 子に対しては相続時精算課税の基礎控除以下の贈与のため、相続税の課税価格への加算なし

    (注) 孫、子の配偶者は、相続又は遺贈により財産を取得しないため、生前贈与加算の対象とならない

   上記 A + B = 52,690,000円 (生前贈与対策により99,410,000円の税負担の軽減

4.まとめ

 改正後において、暦年課税制度の場合、相続開始前7年を超えた期間の贈与は、生前贈与加算の対象外となります。これに対し、相続時精算課税制度の場合は、期間に関係なく相続税の課税価格に加算される対象となりますが、毎年110万円の基礎控除額については加算の対象外となります。

 なお、相続又は遺贈により財産を取得した者以外の者に対する暦年贈与については、これまでどおり生前贈与加算の対象外となります。

 上記を踏まえると、「孫」や「子の配偶者」などのうち相続又は遺贈により財産を取得しない予定の者に対しては従前どおり暦年贈与を積極的に活用(贈与期間や相続税の限界税率に応じて贈与額を調整)し、相続開始前7年以内と想定される期間については、子など(相続又は遺贈により財産を取得予定)に対する贈与に限り「相続時精算課税制度」による基礎控除(110万円)以下の贈与に切り替えるという選択肢が考えられます。

 実際には相続開始時期を具体的に想定することは困難なケースが殆どですが、実施予定の贈与が相続税の課税価格の加算対象となるか否かを踏まえて、誰にどのくらいの金融資産を贈与するのかの計画策定がより重要性を増すことになったと考えられます。

(文責:税理士法人FP総合研究所)