【No868】家族信託における信託口口座開設についての留意点 ~東京地裁令和3年9月17日判決~

 令和3年9月17日、東京地裁は家族信託支援業務(信託契約に関する契約書の案文作成、公正証書の作成手続の補助、不動産信託登記の申請手続の代理、受託者名義の預金口座開設の支援等)を行った司法書士(被告)に対し、受託者名義の預金口座が開設できなかったことなどを理由に損害賠償請求を行った原告の訴えを認める判決を下しました。本判決の内容は、専門誌等でも紹介されているため、今回は、本判決で被告が情報提供義務及びリスク説明義務違反に問われた「信託口口座」について、ご紹介します。

1 信託の設定

 信託は、委託者が自身で所有する財産(信託財産)を受託者に移転し、受託者がその財産を信託目的に従い、受益者のために管理又は処分等するために必要な行為を行うことをいい、契約や遺言により設定されます(信託法2、3条)。信託が有効に成立するためには、信託設定意思や受益者の存在が必要となりますが(家族信託の場合、委託者兼受益者となる場合がほとんどです)、信託財産である不動産の登記や受託者名義の口座開設等は、信託成立に必要な要件とはされていません。
 しかし、信託財産の所有権を委託者から受託者に移転することが信託の特徴でもあり(倒産隔離機能)、第三者に対抗するためには、不動産登記や受託者名義の口座開設が必要となります。そして、その際、受託者個人の名義ではなく「●●信託の受託者」の名義で登記や口座開設を行うことが必要となります。

2 信託口口座(判決文参照)

 「信託口口座」には、大きく2つの種類があります。ひとつは、①受託者を預金者として表示し、②外観上、当該受託者個人の名義と区別できる表示が付され、③当該金融機関において、内部システム上、当該受託者の個人名義の預金口座に係るCIF(Customer Information File、顧客情報ファイル)コードとは別異のCIFコードが備えられるなど、受託者個人名義の預金口座とは分離独立した取扱いがされる預金口座である「狭義の信託口口座」、もうひとつは、①②しか満たさない「広義の信託口口座」です。上記1で示した信託の倒産隔離機能を有効とするためには、「信託口口座」は狭義でなければなりません。

 しかし、平成30年時点で「狭義の信託口口座」を開設している金融機関は、三井住友信託銀行はじめ全国でも20行程度しか存在しておらず(メガバンクは含まれていません)、さらに口座開設にあたっては厳しい審査が行われます。例えば、某信用金庫では、「狭義の信託口口座」開設のためには、原則として当該信用金庫指定弁護士等により作成された信託契約書案文に基づき作成された公正証書が必要とされ、それ以外の場合は、当該弁護士によるリーガルチェックを通過したときのみ、例外的に口座開設が認められるとされるなど、ほとんどの金融機関において厳しい審査が行われています。

3 信託口融資

 家族信託は、法定後見制度や任意後見制度(後見制度)の適用を受けた場合、本人が有する不動産の建替えなどを行うことができない等の理由により利用されることが多いようです。この場合、信託において金融機関から融資を受ける必要が生じることがあります(信託口融資)。しかし、信託口融資は平成30年時点で全国8行しか取扱いがなく、さらに「狭義の信託口口座」開設よりも厳しい審査が金融機関により行われます。

 家族信託は後見制度に代わる便利な制度として利用が増えていますが、当事者間の争いだけでなく、本判決のように家族信託支援業務を行った専門家に対する訴訟もでてきました。後見制度の課題を信託で解決するのは問題ではないですが、今回紹介した内容のほか、後見制度にある「監督機能」が信託制度には存在しないことにも十分留意が必要でしょう。

(文責:税理士法人FP総合研究所)