【No769】法人所有の不動産売却はM&Aを活用すべき?
法人所有の不動産を売却する場合に、単に不動産を売却する以外に「不動産を所有している法人(株式)そのものを売却する」つまりM&Aという選択肢があります。M&Aとは言っても、複雑な事業承継や事業譲渡ではなく、長期間不動産を所有しており、現在は賃貸業のみを行う資産管理会社(又は遊休不動産を有し、殆ど稼働していない法人)での不動産処分(以下「不動産M&A」といいます。)をイメージしてください。売却の理由は、相続税の納税資金の捻出、親族間での共同経営の終了、既存事業の廃業、価値観の転換、不動産の売り時など色々考えられますが、いずれも売却代金の手残りが多いに越したことはありません。
法人所有の不動産を売却した場合の税負担
法人所有の不動産を売却した場合、法人個人双方で税負担が生じて想定以上に手残りが少なくなることも多く、注意が必要です。
(1)法人での税負担(法人税等)
法人所有の不動産を売却した場合、その売却日を含む事業年度の所得金額(不動産の譲渡益その他損益の合算後の金額)に対して法人税等(※)が課せられます。また、売却代金のうち建物部分については消費税の課税対象となります。
※ 期末資本金1億円以下の普通法人(外形標準課税適用なし)の法定実効税率は約34%(年800万円超部分)です。
(注)不動産の簿価が高い場合やその他の損失が大きい場合、繰越欠損金が多額にある場合等は税負担が生じないこともあります。
(2)個人への資金分配時の税負担(所得税等)
法人所有の不動産売却によって得られた資金は法人にあります。この資金を株主や役員等に分配するには、「役員報酬の支給」や「退職金の支給」、「解散による残余財産の分配」等を行う必要があり、その分配方法に応じて個人に対し所得税等の負担が生じます。短期間で多額の資金を移転しようとすれば高い税負担(所得税等の最高税率は55%)となる可能性があります。
(注)個人からの借入金が多額にあり、売却資金をその返済に充てる場合には税負担が生じないこともあります。
法人(株式)そのものを売却した場合の税負担
不動産を所有している法人(株式)そのものを売却した場合は、不動産売却ではなく「個人による、株式の譲渡」となります。つまり、株式譲渡益に対する所得税等の課税(申告分離課税、所得税等・住民税の合計の税負担率20.315%)で完結するため、法人の株式を売却した個人の手残り額はおよそ8割となります。この結果、多くの場合において通常の不動産売買に比べ不動産M&Aの方が個人の手残りが大きくなると考えられます。
不動産M&Aのデメリット
税金計算上は、単に不動産を売却するより「法人(株式)そのものを売却」した方が税負担は少なく、個人の手残りが大きくなる可能性が高いのですが、不動産M&Aならではのデメリットがあります。それは、M&Aでは不動産取引で生じないリスクを買主が負うことになるため、取引に簡単に結びつかないことです。M&Aで買主が負うリスクは「簿外債務」や「偶発債務」、「税務リスク」などであり、決算書等を入念に確認しても100%安全な取引となることはあり得ません。逆に言えば、売主としても取引相手が非常に限定的であり、売却額が低下し、不動産とM&Aの両方の知識・経験及び交渉力を有する仲介者の存在が必要であり、また、取引完結までに時間を要します。株式譲渡契約書の文言にも細心の注意を払う必要があります。
買主のメリット
不動産M&Aは買主にとってはデメリットばかりでメリットはないのでしょうか? 実は、買主側の税務上のメリットとして、「登録免許税」「不動産取得税」「印紙税」の負担が生じないことがあります。これらは通常の不動産売買であれば当然に発生しますが、不動産M&Aは不動産売買でなくあくまでも株式売買であるため課税対象外となります。また、買主にとっての取引参加へのハードルの高さが、結果として魅力的な不動産を手頃な価格で入手できるチャンスであるとも考えられます。
(文責:税理士法人FP総合研究所)